2005年 10月 23日 ( 1 )
今日は忙しかったです。
ありがたいことで。

今日はお客様からこんな話しをしました。

それは「刃物」の話。

まずは自分が使用している鋏の話に。

結構、お客様から鋏の事はきかれますね。
「値段はどの位するの?」とか
「やっぱり、普通のとは違うのでしょ?」とか。

まず値段の事を説明すると
だいたいのお客様は「へーぇ」と
トリビヤの泉ですと
「10へぇ」位の感じで驚かれます。

もちろん高い鋏が良い、という訳でなくて
自分にあった鋏が良いモノなんですけどね。

自分のは確か7万円くらいしたと思います。
それを品川で働いている時に
予備も含めて4丁購入しました。

もちろんローンで(汗)

自分は使っておりませんが家族が使用しているのでは
20万円ほどする鋏もあります。

なんでも殆ど研がなくても良いとか何とか。
たまにメーカーの人が来て
無料でメンテナンスをしてくれるみたいです。
その保証も何十年か付いていたと思います。

メーカーを何処か忘れました、というか
いつも営業中にそのメーカーの人が来るのですが
いい歳の人にも関わらず
お客様がお店にいるも関係なく
客待ちに座って、テーブルに鋏を広げ
あーだ、こーだと話をするので
「他のお客様に迷惑なので
仕事の邪魔するなら来ないでください」
と自分がお願いをしたもんですから(汗)

自分は、そのような話しを
客待ちでやるのはおかしい、と教わってますので
ちゃんと、裏口の玄関から入ってきて
話ができる業者しかお付き合いしておりません、(汗)

前なんから客待ちでいつもタバコを一服していく
業者の人がいましたからね。

そのような行為も問題ですが
自分は「店の玄関はお客様のものである」
と教わっているので、
自分自身、スタッフにも店の玄関を
使用して出入りはしません。

別に業者に対して偉そうな事をしているつもりは
ないですので、ちゃんとした常識の中で
業者の方とは仲良くさせて頂いておりますけどね。

ちょっと話がそれましたが
鋏の値段の話でした。

そして「鋏のこだわり」

自分は「HIKARI(光)」というメーカー
の鋏が自分にあうので昔から使用しております。

他のも色々と持っておりますが
ここに落ち着いた、という感じでしょうか。

まず刃が「はまぐり刃」なので
非常に力があり
切れ味も柔らかいので気にいっている訳ですね。

メンテナンスは
自分の場合はメーカーに研ぎにだしております。
自ら、また色々な研ぎ屋さんを試しましたが
やっぱりメーカーで研いでもらい
そのほかの微調整もしてもらうのが
結局一番良かったですね。

一丁5000円位で研ぎにだします。

ここでもお客様は「へぇ」(笑)

そして自分の鋏は特注品なのです。

といいますか
勤めていたお店の先生が注文したのですが
そのメーカーの鋏のなかで
一番大きい鋏の刃を
さらに長く、大きくしてもらったのです。

先生も手が大きかったし
ブロース(スポーツ刈り)などの短いスタイル
が得意でしたので、
「力」のある鋏が欲しかったのです。

その鋏はいまでは
そのメーカーで普通に販売されております。

その製造番号が先生が「01」と「03」
自分が「02」「04」を所有してるんです。
(だから?なんて言われそうなんですけどね・・)

とにかく自分のこだわりの鋏ですね。

「斬れる鋏は、刈り毛が飛ばないで
鋏に付いてくるんですよ。刃が斬れると
髪の毛に対して回転モーメントが発生しにくくなるので
そのような現象がおきるのです」

これでお客様には「15へぇ」(爆)

追い打ちで
濡れて2枚重ねを1枚にしたティッシュを鋏で切ったりして。

「ご家庭の鋏ではこのような状態のティッシュは
絶対に切れませんよ」なんて。

ここで「5へぇ」足されて見事「20へぇ」(笑)

そんな事を話しております。

そしてお客様からはこんな話を教えて頂きました。

それは我々の使用する鋏とも縁がある
「日本刀」の話。

お客様は妖刀といわれた「村正」を
実際に観て、触らしてもらった事があるそうです。

大学の先生で
日本刀を研究している方が、所持しており
そこを訪れた際に、触らせてもらったとの事。

自分は「村正」といのは1口(ふり)しか
ないのかと思っておりましたが
何口もあるのですね。

お客様から聞いた話ですので
裏付けはしておりませんが(間違ってたらすみません)
「村正」というのは今でいうと
メーカー名なんですね。

鋏でいうと「HIKARI」みたいなもんですか。

ただこの「村正」が妖刀と呼ばれたのは
まずその切れ味。

余りの切れ味に
何人も斬っても
その切れ味はまったく変わる事がなかったとか。

そして
従来の日本刀と違い反りが殆どなく
まっすぐな刀だそうです。

そして刃の部分と刀身の部分の境目の部分
「 鋩子(ぼうし)」という部位だそうですが
(詳しくは日本刀の見方で)
そこがただのギザギザでなく
丹念に打ち込まれて、それは
まるで「炎」を思わせるような妖艶な
雰囲気をもらたしているのだとか。

その切れ味、そしてまっすぐな刀の姿
そして、その妖艶な「 鋩子(ぼうし)」の形。

それが持つ者に「斬りたい」と思わせる
不思議な刀だそうです。

実際、そのお客様も手にしたときに
ゾクゾクッ!と感じる不思議な感触を
持ったそうです。

そのような刀ですから
当時の幕府が、所持することを禁じた、
なんて事になるんでしょうね。

ちなみに「村正」をネットで調べました。

それは以下の通り

「千子村正は伊勢桑名(三重県桑名市)の刀鍛冶です。
村正の刀は妖刀として有名になりました。
なぜ妖刀か? ことの始まりは徳川家康の祖父・松平清康から始まる。
清康の重臣である阿部大蔵大輔定吉に反逆の疑いをかけられ一子
である正豊に逆臣の汚名をかけられ暗殺される旨を話した。当然息
子は親が殺されるということで主君である清康を殺害しました。その
時の刀が村正。また清康の一子広忠(家康の父)も酒乱した家臣に
刺されるという事件がありその時の刀も村正。

まだ続きます。家康の夫人である築山殿が甲斐の武田と密通があっ
たとして死罪、また家康の子信康も同罪として死罪。その時の刀も
村正でした。つまり、徳川家康にとって村正は不吉な刀でした。

関が原の合戦のまえ、石田三成に呼応した宇喜多秀家の従弟の
宇喜多直行が使者として会津の上杉景勝の所へ行く途中、家康に
寝返りお土産として刀を差し出した。その刀も村正。もちろん家康に
とって村正は不吉な刀であるため町人に授けました。

その甲斐あってか関が原の合戦には勝利を得ました。

徳川家呪詛用の妖刀として愛用した人たちがいました。真田幸村も
そのひとりで、徳川を大いに悩ませた武人でした。また、かの由井正
雪もその一人でした。

村正の妖刀を芝居でも紹介され、その刀で身を滅ぼすという芝居、
血を好む刀などと数多く芝居化され村正の妖刀を印象付けました。

それゆえに、村正は妖刀として有名になりました。

日本刀名工伝より」

歴史ありだなぁ・・
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by HSOgolgo | 2005-10-23 05:37 | 日々の日記